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筑紫哲也

先程知ったのですが、
かなり近所に住まれてたようです。
練馬区民だとは聞いていましたが、
こんなにご近所だとは思いませんでした。
かなり驚きました。


個人的に筑紫氏は、朝日新聞出身という事もあってか、
思想的に頂けないところもありましたが、
土に帰れば皆一緒!
ただただ、ご冥福をお祈りするばかりです。


NEWSに生きた筑紫哲也さん死す


 ジャーナリストの筑紫哲也(ちくし・てつや)さんが7日午後1時50分、肺がんのため都内の病院で死去した。73歳だった。07年5月、メーンキャスターを務めていたTBS・MBS系報道番組「筑紫哲也NEWS23」の番組内で肺がんであることを告白。以降、休養して闘病を続けていた。葬儀は近親者のみで行い、後日にお別れ会を開く。
  ◇  ◇
 「がんに打ち勝って、また戻ってきます」-。
 番組内での力強い宣言から約1年半。気鋭のジャーナリストが、家族にみとられ、静かにその戦いを終えた。
 筑紫さんは先月、肺に水がたまり手術。この時点で、がんは肺から全身に転移していた。今月1日には、呼吸困難から危篤に陥った。このときは、一命を取り留めたが、7日、ついに息を引き取ったという。
 筑紫さんは、07年5月に「-NEWS23」で肺がんを告白して以降、治療に専念するため18年間務めた番組を休養。スペシャルアンカーとして数カ月に1度のペースで出演していた。今年8月11日に、番組内で不定期に放送されていた「明日への伝言第3回」で哲学者の梅原猛氏と対談したのが、最後のテレビ出演となった。
 新聞記者でありながらテレビの世界でも活躍。「ニュースキャスター」の先駆けとして放送ジャーナリズムの確立に力を注いだ。朝日新聞社記者の77年から、テレビ朝日系「日曜夕刊!こちらデスク」の司会でテレビ界に進出した。84年から「朝日ジャーナル」の編集長に就任。当時の若者を指す「新人類」という言葉を世に広めた。
 朝日新聞を退社後の89年から「-NEWS23」のキャスターに。ロマンスグレーの髪と柔和なほほえみ、落ち着いた語りと鋭い切り口が高視聴率を生んだ。特に、独自の視点で世事を論評するコーナー「多事争論」は人気に。また「今日はこんなところで」という番組の締めくくりでのセリフもおなじみとなった。
 96年3月、TBSがオウム真理教の幹部に坂本堤弁護士のインタビュー映像を見せた問題では同番組で「TBSは死んだに等しい」と発言し、大きな反響を呼んだ。新聞、雑誌、テレビとメディアの第一線を渡り歩いた自らを“漂流者”と表現。視聴率競争に明け暮れ、商業主義に傾き肥大化したテレビメディアに警鐘を鳴らし続けた。
 プライベートでは、熱狂的な広島カープファンで知られた。たばこは1日3箱吸うほどのヘビースモーカーだった。がん発覚後、きっぱりやめたというが、「たばこの代わりはない。一服できないと面白くない」と語っていた筑紫さん。これからは、心おきなく紫煙をくゆらせていることだろう。


(Yahoo!ニュース)