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ビックカメラのピアノマン

何だか面白い記事を見つけました。
作曲家がデパートや楽器店の電子ピアノ売り場でピアノを練習し、
話題を集めているというものです。


店側からすると本来は迷惑だと思いますが、
相手が相手だけに、歓迎しているようですね。
音楽のプロですからその演奏は有料であっておかしくない訳ですが、
店としては展示品の楽器で練習させてあげる代わりに、
無料でパフォーマンスを披露して商品を宣伝して貰う、
といった感じでしょうね。


しかし、家に楽器が無いから売り場でピアノを練習する、
という発想がすごいですね(笑)
高いお金を払わなくて良いし、ある意味ライブなので、
精神的にも良いかもしれません(笑)僕にはこの発想、無かったです。
暇があったら、一度ビックカメラのピアノ売り場に行ってみようかな。
77歳なのに、エネルギッシュですね。


話しが変わって、僕も電子ピアノを使用していて、
まぁ諸々の事情でやむを得ず電子ピアノを使ってますが、
やっぱり生ピアノが欲しいですね。
もし引っ越しするなら生ピアノ買うかもしれません。
勿論、アップライトピアノですけどね(笑)
グランドピアノはお金持ちにならないと無理だなぁ。
とりあえず今の環境じゃスペース的に置けないし近所迷惑です。
もう一台パソコンが欲しいななんて思ってますが、
そのパソコンですら置けないですから、
もう無理無理、僕の住まいは犬小屋ですよ(笑)
まぁその分家賃的には余裕がありますが…。。。


ビックカメラの“謎のピアノマン” その正体は…


6月21日18時41分配信 産経新聞


 デパートや楽器店の電子ピアノ売り場で演奏している人といえば、音色を確かめているお客さんか、PRのために弾く販売員が思い浮かぶ。ところが、ビックカメラ有楽町店本館の電子ピアノ売り場では、ホームレス風の男性が超絶技巧を披露し、リサイタル状態になっているという。“謎のピアノマン”のうわさを確かめるべく、ある平日の午後に同店を訪ねてみた。


■真野和男、77歳


 地下2階の電子ピアノ売り場にその男性はいた。野球帽にマスク、オレンジ色のベスト。ちょっと怪しげな格好だ。しかし、一歩ずつ近づき、ピアノの音色が聞こえてくるにつれ、不思議な空気に包まれた。


 ビックカメラのCM曲や販売員の売り出しの声で騒々しい店内で、男性のいる場所だけ別世界のよう。鍵盤の上を踊るように動く指に合わせ、音があふれ出している。まさに“一人オーケストラ”。めまぐるしく曲調が変わる即興のリサイタルに、通りかかる人もぎょっとしたり、足を止めて聴き入ったり…。


 “謎のピアノマン”の正体は、作曲家の真野和男さん(77)。


 平日のほぼ毎日、都内の家電量販店で自作の曲を演奏している。「私は売り場でピアノが上達したようなもん。家には楽器がないんです」


 えっ、作曲家なのに家に楽器がないんですか?


 「ピアノ、大嫌いだったからさ」


 平成17年にリリースした自作自演のCDも「売り場でMDで録音したんだよ」というから仰天だ。毎日のように通うようになったのは13年ごろからだが、真野さんの「電子ピアノ売り場歴」はなんと40年以上だという。


■米軍クラブで修行


 真野さんは昭和6年、東京・五反田で酒屋の二男として生まれた。5歳ごろからピアノを習い始め、音大への進学を希望していたが、時代は太平洋戦争直後。食べ物にも困る状況で進学できず、高校卒業後は知り合いの紹介で米軍基地に勤め始めた。


 仕事の傍ら、教会で聖歌隊の合唱の指揮をしたり、基地内のクラブで弾いたりし、アメリカの音楽に触れた。アレンジや即興で音楽を楽しむ姿に刺激を受けた。「この時の経験は自分の財産になった」


 数年後、やっとの思いで音大に入学したものの、予想外の出来事が。「教会音楽をやりたかったのに、学内には教えてくれる教授がいなくてね」


 事前に調べておけばよかったのでは…。


 在学中に始めたバンド活動がお金になったこともあり、結局2、3年で中退してしまったという。


■3回の結婚、ぜんそく


 その後、人脈に恵まれ、八面六臂(ろっぴ)の活躍をする。作・編曲に始まり、バンド活動や音楽イベントの企画、音楽教室での指導に楽器のリース業などなど…。仕事帰りに、電子ピアノ売り場に通うようになったのもこのころだ。


 生活は派手だった。高級車を乗り回し、ホテルのバーに20本ものボトルをキープ。株でもかなりもうけたそう。バブル崩壊の時もなんとか損は出さずに乗り切り、「兜町ではかなり有名だった」と豪語する。


 プライベートでは、3回の結婚と3回の離婚を経験。最初の妻との間に一女をもうけた。おまけに、4歳下の最初の妻と、20歳以上年下の3番目の妻の仲が良く、離婚後も3人のつきあいは続いたという。


 さすがにもう結婚はいいそうで、「自分は仕事には誠実だったけど、まあ、人生好きなようにやってきたよ」


 48歳で突如、ぜんそくを患った。路上で倒れるほど重く、音楽教室以外の仕事から手を引くことに。療養地を求め、八丈島へ行ったところ、温暖な気候が体に合い、体調も良くなっていった。


 東京に戻ってきたときにはすでに60代半ばだったが、音楽への思いを抑えきれず、慣れ親しんだ電子ピアノ売り場へ舞い戻った。


■集客だけでなく接客も


 電子ピアノは、ピアノだけでなくさまざまな楽器の音色を出せ、メロディーを録音して重ねることもできるから作曲にぴったりだ。


 売り場で弾く理由を尋ねると、「山寺で1人静かに弾いていたってだめ」「音楽の原点は路上で聞かせること」。音楽の楽しさを伝えたいという純粋な思いが、真野さんの足を売り場へ向かわせているのだ。


 ただし、「お店の邪魔にならないように、1店舗1時間半くらいまで」とさりげない気遣いも。午前中はベスト電器新宿高島屋店、午後はビックカメラ有楽町店本館、夕方はビックカメラ新宿西口店に出没する。


 かつて、英国で保護された自称・記憶喪失の男性が華麗にピアノを弾いたとして“謎のピアノマン”と話題になったときには、真野さんもマスコミに取り上げられ、人だかりができた。


 集客だけでなく接客までしてしまう。「お客さんに紹介したピアノは100台以上」というので、半信半疑でお店の人に聞いてみると、「私たちよりよっぽど電子ピアノの良さを理解されていますから。できることなら毎日来てほしい」とビックカメラ新宿西口店の石川勝芳店長。真野さん目当てで来店する人もいる。


 真野さんの紹介で電子ピアノを買った世田谷区の主婦(52)は、「電子ピアノでこんなにいろんな音が出せるなんて知らなかった。自分でも作曲するようになったし、音楽観も変わりました」と話す。


 ファンは、店員の間にも広がっている。同店楽器コーナーの上形幸代さんはその音楽性を絶賛。演奏を録音して、売り場で流したこともあり、「独特な演奏で、感動して涙が出そうになったこともあります。もっと多くの人に真野さんの音楽を知ってもらいたい」


■熱いハートの音楽家


 気になるのは「ホームレス風」と話題になったこと。恐る恐る真野さんに尋ねてみると、渋谷区のアパートに住んでいて現在は年金暮らしだが、「昔は黒ずくめにぼろぼろのジーンズで、ひげもそってなかったから間違えられたこともあったよ」とのこと。「警備員からもよく注意されたなあ」となぜだか懐かしげ。


 「宿泊費に」とお金を渡されたことや、「夕飯にどうぞ」とのメモが添えられたファストフードの紙袋が置いてあったことも。


 そんな真野さんにとって、売り場はもう人生の一部だ。


 「朝、ぜんそくで苦しくても、売り場で弾いていると、血流が良くなってスーッと体があったまるんだよ」「90歳になっても健康で、今の技術を保っていたい。ちんたら弾いていたらサマにならないからね」


 77歳とは思えない、真野さんのパワーに圧倒されっぱなしで取材を終えた。


 “謎のピアノマン”の正体は、今どき珍しいくらい純粋で熱いハートを持った“音楽家”だった。(油原聡子)


(Yahoo!ニュース)